スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top∧
インドのパール判事 「本当の侵略者は欧米」
2012-08-26 Sun 12:23
 別に今更60年前の戦争の事を蒸し返して反欧米運動をするような、まるで中国や韓国のような下劣なことを考える必要は無いと思いますが、できるだけ多くの人に真実の歴史を知って欲しいと願います。

 歴史は意図的に改竄され、時とともに真実は消える可能性があることを。

 今、日本の学校の歴史教育では、日本はアジアを侵略してアジアの人々を苦しめた悪逆非道の軍事国家として子供達に嘘の歴史を教え込んでいます。そして、そう答えないとテストに受からない仕組みを作り、真実の歴史を捻じ曲げようとしています。
 これは、世界中から言論の自由が無いといわれている中国や、韓国が行っている事と全く同じ行為であり、中国や韓国が国内で教育している「悪い国、日本」と完全に一致するように意図的に調整が図られています。
 そして、欧米は日本の侵略からアジアを開放した「良い国」であるような意識操作が行われています。

 これが間違いであることは、日本人なら誰でも知っているアメリカ占領軍のマッカーサー元帥も証言していますし、極東軍事裁判の判事の一人であったインドのパール判事も明言しています。


 転載ですが、非常に判り易く真実が記載されている記事があったのでリンクさせて頂きます。できるだけ多くの人に見て頂き、真実を知って貰えることを願います。

 『日本よ、真実を知って自信を持とう!』



 そもそも私は、日本語における『植民地』という言葉が嫌いです。

 私がまだ学校教育を受けていた頃、この植民地という言葉の示す意味が判らず、漠然と

「欧米は自分達の製品を売るための市場としてアジアを見ていたのかな。そのために、購買力のある欧米人を移住させて、新しい土地で人口を増やそうとしたのかな。だから、植民地というのかな。」

と、考えていました。

 しかし、事実は単なる奴隷制でした。

 植民地とされた土地にもともと住んでいた人々は移住者としてやってきた支配国の役人や資本家に奴隷として扱われ、農地の開墾や地下資源の発掘のために機械の代りに使用され、使えなくなれば殺されていきました。
 女性たちは先進国から来た移住者達の単なる性欲のハケ口として使用され、何をされても物のごときアジアの人々には反論できるような法律さえも存在しませんでした。
 そのため植民地の人々は度々支配国の移住者に対して反乱を起こしていましたが、クワやカマで抵抗しても先進国の軍隊によってその度に皆殺しにされていたのです。

 それがつい70年程前のアジアの歴史であり、運よく植民地化を逃れていち早く発展する事ができた日本がアジアを開放しようとしたことはアジアの人々にとっては助けであり、日本の学校が子供達に教えるように「日本はアジアから嫌われている」は大嘘なのです。
 事実、このために日本は中国と韓国(と北朝鮮)以外のアジアの各国からは、尊敬すべき国として慕われえています。尖閣諸島の領有権を主張している台湾(実は元の中国)の人々からでさえ、日本人は好かれているのです。

 もっとも、日本がアジアの国々を欧米のような形で統治しなかったのは、日本にはそれだけの地域を統治するだけの「手駒」がそもそも無かったからで、そのためにアジアの国々には勝手にそれぞれの国を運営してもらって、日本の協力者になって貰おうとした背景もあるようですが。
 また、なんでワザワザ、アジアを開放してまで戦争しなければならなかったのかについても欧米諸国からの資源供給が断たれてしまった(所謂、兵糧攻め)からで、これも学校で教わるような『軍国主義の暴走』とは全然違います。
 当時の言葉で有名な「座して死を待つよりは戦って死すべし」とは、こう言った時代背景のもと言われた言葉なのです。

 丁度、今の日本のような『事なかれ主義外交』で、植民地とされて、衣服をはぎ取られて、タダの労働力として鉱山に埋められるくらいなら、アジアを味方に付けて欧米と戦うというバクチを打つしかなかったのです。


 結局、日本はその戦争で欧米の袋叩きにあって負けてしまいましたが、その直後のソ連の台頭や中国の社会主義化が日本にとっては全くの幸運で、アメリカやヨーロッパ諸国は日本を『社会主義に対する防波堤』として建てる方法を選びました。
 そして日本にとっては更に幸運なことに、直後に始まった社会主義とアメリカ等の資本主義の戦争となった朝鮮戦争が、日本の経済を急激に復活させました。

 一方戦後のアジアでは、日本を始めとする(欧米が言うところの)「悪の枢軸」との戦いで疲弊した欧米諸国は戦前の様なアジア統治が不可能になり、それが今のアジアの各国が独立を勝ち取る事ができた一つの要因になっていると言われています。
 もっとも、それでもアジアの何処の国も欧米からの『独立戦争』では沢山の人が殺されていますので、日本のアジア開放戦争は心の支えとしても一つの要因に過ぎず、それはアジアの人達のそれこそ血の努力の結晶だと思いますが。
 (これも日本の教科書では『独立運動』として綺麗事で誤魔化していますが、正確には戦争です。)


 それが歴史の真実であり、日本が中国様、韓国様から頂戴奉った日本の教科書ではテストで減点となる史実です。


 重ねて申し上げておきますが、だからと言って私は今のアメリカや欧米との国際協調を拒否しようなんて思ってもいませんし、私のブログの読者にもお勧めはしません。
 事実であれ、捏造であれ、現代に至っても当時の戦争での出来事を理由に莫大な金品を要求し、際限なく土下座をさせようとする、まるでヤクザのような韓国や中国と一緒のレベルまで国民の品位を落とす必要はないと思います。

 唯、戦争で戦った昔の日本人は全ての人が勇敢であり、日本に住む家族を守るために死んだと言う事実を知って欲しいだけです。

 戦争は味方であれ敵であれ、沢山の人が死にます。
 従って戦争は、本来すべきではありません。
 しかし当時、他の道が選択できたでしょうか。
 「座して死を待つよりは戦って死すべし」と言った人々の辛さを理解できますか。

 当時の日本の人々は、今の学校で教えるような「欲にかまけて、死んだバカ」ではありません。
別窓 | 情報操作 | top∧
**/
| 憂久の船 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。