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教修官 「隣の人の回答を覗かない!」
2013-01-10 Thu 09:00
 私の不徳にて30日の自動車運転免許の停止を受けてしまいました。
 罰金の支払いも済ませましたが、なんでも指定の日に試験場に出頭して講習と試験を受けると免許停止期間の短縮ができるとのことでしたので試験を受ける事にしました。

 当日、受付を済ませて教室に入りました。
 最初に教修官から注意事項があり携帯電話の電源は切るように指示がありましたが、その中で唯一人、携帯を使ってヒソヒソと話をしている人の声が聞こえました。
 どうやら韓国語で会話をしている様子でしたが、教修官が壇上から2、3回注意しても聞こえない様子。遂に教修官は檀上から降りて彼の前まで移動して注意し、彼は何やらブツブツ言いながら携帯電話の電源を切りました。

 その後、適正検査やドライビング・シミュレーター、教習所コース内での実車運転等、短い時間の中で盛り沢山なカリキュラムが終わり、試験直前には試験に出る(いや、出そうな)問題の教修がありました。教修官殿曰く、「私の感は必ず当たる」とのこと。だから、試験に出そうな問題を予め予習しておこうとのこと。
 教修官はテキストを指しながら問題を読み上げ、当日の出席者に順番に回答させてはポイントを指摘していきました。
 そして、問題の彼の番、

 教修官:「この問題は一つの挿絵にA、B、Cの三つの問いがあるので、
       それぞれに○か、×かを回答してください。」

 教修官:「それではAの問題から、
      『・・・しそうなので、速度を上げて通過した』
       ○でしょうか、×でしょうか、
       次の彼、答えて下さい」

 彼  :「・・・・」

 教修官:「回答をお願いします。」

 彼  :「・・・・A」

 教修官:「Aじゃなくて、○か×で回答してください。」

 彼  :「・・・・○」

 教修官:「イヤ、
       問題に『速度を上げた』とか、『クラクションを鳴らした』とかがあったら、
       大抵は×だと言ったばかりじゃないですか・・・・」

 教修官:「じゃぁ、次の問題。
       『歩行者が飛び出すかもしれないので、速度を落とした』
       ○でしょうか、×でしょうか、
       今の人、もう一度答えて下さい」

 彼  :「・・・・」

 教修官:「回答は?」

 彼  :「・・・・何?」

 終始こんな感じで、教修官も常に斜め45度の答えしか返ってこない彼の対応に手を焼いていた様子でした。

 そして、いよいよ試験が開始。
 案の定、試験中も教修官の注意が続きました。
 「こら、そこの彼!
   隣の人の回答を覗かない!」

 試験が終了して結果が出てみると、全員が『優』で合格とのこと。
 教修官の最後の一言は、
 「さっきの彼は、隣の人に感謝して下さい。」


 試験とはいえ、最初から全員合格ありきという事は良くある話です。
 交通違反には、ある程度の違反であれば社会的に半ば認められてしまっているものが多々あり、駐車違反や速度超過(暴走行為等は除きますが)等も、ルールを100%完全に守るのは実は非常に難しかったり、逆に危険だったりすることがあります。しかしながら、だからといって法律を無視して良い理由にはなりませんので取り締まりがある訳です。
 そして違反をしたドライバーに反省を促して且つ、適度な制裁を与えるために罰金という制度があるのだと私は理解しています。
 ところが、実際に30日も車を運転できないとなると人によっては適度な制裁を超えてしまう可能性があり、そういう人は試験場に出頭して『追加料金』を払う事で車の運転を認めましょうという趣旨でしょうか。そもそも、そこで出頭してくるのだから十分反省もしているだろうし、悪意のドライバーでも無いでしょうという前提なのでしょう。
 ですから試験とはいえ内容は極々常識的なものですし、御丁寧にも試験直前に回答を教えています。

 ただ、日本語も理解できない人にまで無条件に免許を返してしまうのは問題ではないでしょうか。
 そもそも、何で普通免許を持っているの?

 問題の彼は韓国人のようでしたが、会場では教修官が最初に「まさか日本語が出来ない人はいませんよね。もし、いたら申し出て下さい。」と聞いているのに黙っていた事からして、合法的にこの場所にいるとは限りません。
 昨年、高速バスが事故を起こして死傷者が多数出ていましたが、その事故も違法に運転免許を取得した韓国人運転手兼、バス会社社長による犯罪だったと記憶しています。
 同様に、韓国人グループによる運転免許の違法取得も事件として摘発されていました。



 私は幼いころ、わざわざ人様の不正をチクルような小さい事はするなと教わりました。自分が合格したならそれで良く、他人の事をとやかく言う事は人として恥ずべき行為と考えがちです。
 そのため教修官が最後に嫌味を言った時でさえ、笑い話のように捉えていましたが、よくよく考えると笑って済ますような事ではないのかもしれません。

 日本におけるこういった出来レースのような形ばかりの試験や手続きというのは、相手に悪意が無いという前提の上に成り立っています。所詮は速度超過だって「ついついスピードが出過ぎてしまった」、違法駐車だって「つい出来心で」やってしまったもので、そもそも善良な市民が間違えてしまった程度を前提として対処されています。しかし、ここでは本来の目的ではありませんが、こういった場でも違法に免許を取得している人を見つけ出すことは可能なのではないでしょうか。
 もしかしたら教修官からすれば所掌外なのかもしれませんが、そういった対処が犯罪を未然に防ぐことに繋がるのでは無いかと思いました。

 日本には社会全体的に他人を疑う事自体が後ろめたい行為のようにとられる風潮がありますが、それは日本と言う島国に住み、全体の調和を取らないと隣近所の関係を維持することが難しいような環境から発達した、日本人特有の文化だと思います。
 そういった日本文化の中では犯罪者は『村八分』にされ、生きていくことも難しくなってしまうため、自然と安全で親切な日本人の人柄が形成されていったのではないでしょうか。
 しかし今は、悪意を持った外国の人々が非常に沢山、日本の社会に紛れ込んでしまっています。その中には特に日本人を無暗に憎み、殺したいほどに嫌いながらも、何を考えてか日本で生活している特定の国の外国人が多くを占めているのが現実です。

 日本は昔のように安全で善意に満ちた国では無いという自覚が必要なのでは?
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